Secret GardenⅡ

アンティークや可愛いもの、そして奈良とつよしくんが大好きです。

小暮写眞館へようこそ

明日からあの日常が再びやって来るのかと思うと鬱が入りそうですが(^_^;)、始まってしまえばそんな気分に浸る暇もないに違いない。
ってことで、『小暮写眞館』について今日のうちに書いておきます。

作者の宮部さん曰く、「何も起こらない」、「誰も殺されない」物語であり、著者初のノンミステリです。
『理由』であまりにもたくさんの人が不幸になったことが、予想以上に堪えたらしい著者が、『ブレイブストーリー』の成功により、再び物語を書く楽しさに目覚め、満を持して書いたのがこの物語というだけあり、全篇楽しんで書いてるな、というのがよく伝わってきます。
それは、物語の大筋とは関係ない登場人物たちのたわいもないやり取りに良く表れてるというか。

そもそも、キャラクターそれぞれが個性的でユニーク。
愛すべきキャラ揃いなのです。
主要登場人物をざっと紹介するとこんな感じ。

花菱英一(17)、主人公。通称、花ちゃんは両親まで息子を「花ちゃん」呼ばわりする一風変わった家庭の長男である。
変わり者の両親が現物のまま購入した古い写眞館に引っ越して来たのが運のつき(?)で、何故か心霊写真バスターを買って出ることになる。もちろん不承不承。
世間ズレした両親と、子ども人生常勝将軍(要するに愛想の良い出来すぎ君)な8歳下の弟、光(通称ピカ)に囲まれて育ったせいか、本人は至って常識人を自認している模様。
が、読み進めるうちに中々の傑物であることが判明する。
そして、最後は大化けするのであるが、その青春は文字通りほろ苦い。
都立三雲高校ではジョギング同好会に所属。

余談だが、なぜ花ちゃんの部活がジョギング同好会なのか、最終ページにたどり着くと、おのずと得心できてしまうラストも秀逸。
というか、唸らざるを得ない。
恐るべし、宮部みゆき女史である。
女史の細部にまで行き届いたキャラクター造詣には脱帽するより他ない。
むしろ、喜んで白旗を掲げようとも。

花菱光(9)。上で述べたとおり、花ちゃんの出来すぎな弟である。子どもらしい愛らしさを全面に押し出しながら、9歳とは思えない鋭さと語彙の豊富さを持ち合わせた侮れない小学生として度々兄をタジタジとさせるのだが、子どもらしからぬ頭の良さ故、人知れず抱える悩みは深い。

店子力(17)。本名タナコツトム、通称テンコ。歯科医の1人息子で、花ちゃんの小学生時代からの友人。リッチな家柄に加えて、顔よし、頭よし、向かうところ敵なし、な人生に、花ちゃんをしてこいつとピカの方が実の兄弟では?と思わせるほど。
唯一の欠点は、ファッションセンスがなってないことか。(地声がオンチとの記述もあり)
いつ登場してもよく分からないセンスの服装である。
ファッションセンス同様、彼の思考回路も深すぎて常人には読み難し。
しかし、ここぞというときには主人公を助けるよき友人である。
もっとも、普段は主人公のコンプレックスを大いに刺激する存在。
そんな彼にも人から見れば小さな、しかし、彼にとっては大いなる不満がある、ということが、物語終盤になると明らかに。

垣本順子(23)。通称、というより、花ちゃん的呼び名は「ミス垣本」。
優雅な呼び名とは裏腹に、口癖は「バッカじゃない」。
その音声を拾って東京都の水源に流せば、都民全員皆殺しは確実とまで花ちゃんに言わしめるST不動産(小暮写眞館を売った不動産屋ね)最強事務員である。
初登場時は髪はパサパサで栄養失調じゃないか、と思われるぐらい貧相で血色が悪く、無愛想な女性として描かれている。
上記のように歯に絹を着せない物言いは1ミリグラムの情け容赦もないが、しばしば花ちゃんの抱える謎の本質に迫る発言をするなど、その洞察力は侮れない。
容姿と発言のインパクトが相まって、徐々に花ちゃんの中でその存在感と立ち位置が変わっていく女性である。

のちに、彼女の洞察力が形成された不幸な過去が明らかにされるが、著者によると『クロスファイア』の主人公と同じような生い立ちでありながら、違う運命を辿る女性を描きたかったとのこと。
クロスファイア」を既読の読者なら、両者の違いに着目して読んでも面白く読めると思う。

このほかに、英一の同級生であるコゲパンちゃんやハッシー、クモテツ(三雲高校鉄道愛好会の略)の面々やST不動産社長の須藤さんなど愛すべきキャラクター満載である。
もちろん、小暮写眞館の持ち主だった故・小暮泰治郎さんの存在も忘れてはいけない。

様々な人々と出会い、少しずつ成長していく英一の目線を通して、暖かく、優しくつづられる再生の物語は、やがて花菱一家が急速冷凍していた亡き妹、風子の件へと回帰していく。
解凍した記憶と向き合い、10歳の時には出来なかったことに正面から立ち向かった後、英一に待ち受けているのは・・・

号泣確実、というレビューを雑誌で読んでから読み始めたのですが、私の場合、第4章の終盤近くで、突然ダムが決壊したかのようにきました。
感動なのかなんなのか、ともかく700ページ近くを一文字一文字丹念に追った結果、こみ上げてくるものがあったんですね。

「物語のすべてが詰まった700ページの宝箱」というオビの言葉そのものの物語です。
この物語を書いてくれてありがとう。
こんなに長いことこの世界に浸らせてくれてありがとう、と素直に言える物語ってそうそうないですよね。

最後に、オビの各章の紹介文がこれまた良いので、そのまま載せます。

第一話 小暮写眞館
世の中にはいろんな人がいるから。
いろんな出来事も起こる。中には不思議なこともある。

第二話 世界の縁側
人は語りたがる。秘密を。重荷を。

第三話 カモメの名前
「電車は人間を乗せるものだ。鉄道は人間と人間を繋ぐものだ。だから鉄道を愛する者は、けっして人間を憎めない」

第四話 鉄路の春
―僕はこの人を守らなくちゃいけない。

小暮写眞館 (書き下ろし100冊)

小暮写眞館 (書き下ろし100冊)

―もう会えないなんて言わないよ。




*この世界観を壊したくないので、今日は余計なものは一切載せませんね。